携帯片手に電車からカキコ。

テスト一回目が終わりました。

明日も有ります。

胃が痛くなります。
ネット無しで一人。
鬱鬱としながら甘える自分と闘っております。

愚痴になりますが、やはり家族や友人、見慣れた街並みから単身離れて独り暮らしと言うのは寂しいですね。


PCが突然死してから、孤独を噛み締めております。


昨日、寝る前に考えたのですが、

人は自分の「居場所」無くして生きる事はできない。
と言うことです。

その形は千差万別ですが、誰しもが持っています。

心や意思の強い人はその「居場所」が限りなく狭く、自分の中に有り、他人や物や場所に依存しません。

私なんかは場所もそうですが他人の中にも「居場所」が欲しい人間のようで、他人に自分を認識してもらわないと自己が維持できないようです。

例え住む家があっても、自分独りでは明確に「居場所」である事を意識できません。

逆に言えば「居場所」とは自分が命を賭けて背負うモノでもあります。

何故なら、「居場所」は自分という刃を納める鞘でもあるからです。

場所でもあり、人でもあり、所属であるかもしれません。
一般的には家族であったり恋人であったり…。


そんな事を考えつつ、

今の私が目指すべきは、自分で自身の鞘たりえる精神を養う事ではないか。

と考えています。

また、鞘でなく、枷となってはいけないとも思います。
自身が縛られていると感じた瞬間、そこは「居場所」ではなく「牢獄」となり、鞘ではなく枷となります。

居場所は戻る為に在り、鞘は納まる為に有る。


「居場所」を求めて探しさ迷い、「鞘」を求めて他人や自分を切り刻む。


そんな過去から卒業するためにも、早く自分の内に「居場所」と「鞘」を作り、自分だけではなく他人のそれにもなれる大人に成りたい。


20歳の私はよくそんな事を考えています。
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