おーぅふぅるぉろろろろろろろろろろろろぉぉぉ〜〜〜。
オウミヤですよ。
最近、喉と口で同時に別の雄叫びを上げられる様に特訓中です。
さて、
結局一ヶ月の間、北海道に帰省していた事を知る旧友は3人だけに抑えられました。
そして、現在は空港に向かう列車。
札幌から新千歳空港まで30分。その間に北海道の自然が見られます。
札幌は東京以北では唯一の100万都市ですが、どう頑張っても田舎なわけですよ。
北海道では田舎モノしか育ちません。
私は胸を張って自分を田舎モノだと言えます。
まぁ、上には上がいるし、下には下がいるので反感がある人はいるでしょうが。
まぁそれはさて置き、一つネタにしていない、取っておきが有ることに気が付きました。
そう、方言や訛りです。
函館以外の北海道は基本的に関東風な言葉を話し、アクセントも変わらないので東京に出てきても何も気にせず会話できるのですが、方言が無いかというとそうではない。
地元の友人と会話をすると、今まで気にならなかったモノが耳につくようになる。
ではザッと思い付くだけ挙げていくと、
1
「なまら」
例、
「お前、なまら馬鹿だな。」
など、強調するときは「な」の後に小さい「ん」が入ります。
意味は「すげぇ」
しかし、
「それ…なまらすげぇな。」
などと使うことも有り。
2
「だべ」「べ」「べや」「っしょ。」
例・
「そりゃねぇべや。」
「何でだべ?」
意味は「だろう?」
と同じ使われかたをしています。
文末に付く疑問、同意、断定、の助詞的扱いだべか?
まぁ、どうでもいいべ。
なんて言う使い方をします。
3
「したっけ」
例
「したっけ、○○すっか?」
意味は「そうしたら」
これは地域限定かもしれんな。小学校限定とか、それくらい狭い気がする。
ってうあああああああああああああああ!!!!!!!!
空港のゲートでライターを没収されたああああああああああ!!!
持ち込みは一つだけでって…。
それはマルボロの日本オリジナルナンバー27の特典ライター…。
まぁ、今は期間中だからコンビニでまた買えば良いか…。
ポイッ!!
収集品を捨てさせられるのは何かムカつくな。
さて、割りと飛行機のお世話になることが多いオウミヤですが、年に2〜3往復分も乗るので手慣れたモノです。
移動は基本的に体と金が有れば何処でもいけるのですよ。
今日も予約などせずにスカイメイトのカードを使いその場で発券。
一番早い便を選択。
そしてすぐに搭乗。
電車を降りて僅か20分。
凄いときは降りてから15分の便に駆け込む事も良くやります。
慣れてくるとベルトを終始着けないで飛行機に乗る事もやります。
以前、それで怖い目に会ったのでもうやりませんが。
って、あれあれ??
JALの内装が変わってる?
うん…変わってるわ。
座席のメーカー変えたのかな?
アッーーー!!!
さらに、離陸前の安全注意の映像も変わってるわ。
しかも此は面白い。
いや、内容は変わらないのだけど、カメラワークや画面の駒割りなんかの動きが多くなって、ゲームのデモ風になってるwwww
JAL…やるなww
まぁ、どんなに整備不良があろうとJALフリークなのでJALに乗り続けますよ。
っと、現在は離陸場所まで移動中なのですが、周りの視線が痛くなってきたので一時終了。
と、同時に離陸。
携帯の電源オフ。
そして、私も電源オフ。
離陸から5分で熟睡体勢です。
目が覚めると50分程が過ぎていた。
席の前に貼ってあった紙をスッチーに渡してサービスの中からコンソメスープを貰う。
毎度の事だが熱くて飲めない…。
冷めるのを待ちつつメモ帳にペンを走らせる事にする。
と、5〜6席ほど前にいた子供が吐いたらしい。
しかし、プロたるスッチーは急な出来事にも動じない。テキパキと対処していく。
まぁ、飛行機の爆音と揺れ、それに慣れない緊張が合わされば吐く子供もいるだろう。
山に登ったり海に潜る人は耳抜きが出来るのだが、慣れない内は機内の気圧変化で鼓膜が張り、痛いのだ。
これが長時間続くものだから辛かった思いがある。
今は会話しながらでも調節出来る様になったが…。
子供のころは辛かった。
耳の下にある筋を動かせば良いのだが、この感覚が分からん人には分からないらしい。
と、着陸体勢に入った。
直前にスープのお代わりを受け取ったのに、テーブルをしまわなければならん。
うむ。持ちずらい上に書きにくい。
心地良い(激しい)振動と翼やタイヤの開閉する轟音が響く。
素晴らしい。
この瞬間だけは飛行機というデカ物の放つ威圧間というモノを中から感じられる。
小さな窓の外には煤けた東京の空が見えた。反対の窓を見ると、腐った海が見えた。
一瞬、口の中がヘドロ臭くなった気がした。
着陸後に外へ出ると、まとわりつく様な空気が肺に滑り込んでくる。
臭いはそこまで気にならないのだが、淀で濁った循環していない氣とでも言うのか、
煙草の煙の様に肺で重圧を残し、少しの清涼感もない。
しかし、その不快感も心地良い。
眩暈がした。
人の放つ氣が淀んでいる。
狂喜した。
ガリガリと脳を削る雄叫びが聴こえ始める。
ところで、7度で此だけ着込む関東人が理解出来ない。
ダウンを着るほど風が吹かないだろうに…。
これなら薄いパーカーで十分ですよ??
と言うか、出てきたときは雪が吹雪いていたのに…。
多分、明日あたりに風邪を引くでしょう。
うむ。
我が家に帰宅。
じゃあお休み。
まだ15時だけどwww
オウミヤですよ。
最近、喉と口で同時に別の雄叫びを上げられる様に特訓中です。
さて、
結局一ヶ月の間、北海道に帰省していた事を知る旧友は3人だけに抑えられました。
そして、現在は空港に向かう列車。
札幌から新千歳空港まで30分。その間に北海道の自然が見られます。
札幌は東京以北では唯一の100万都市ですが、どう頑張っても田舎なわけですよ。
北海道では田舎モノしか育ちません。
私は胸を張って自分を田舎モノだと言えます。
まぁ、上には上がいるし、下には下がいるので反感がある人はいるでしょうが。
まぁそれはさて置き、一つネタにしていない、取っておきが有ることに気が付きました。
そう、方言や訛りです。
函館以外の北海道は基本的に関東風な言葉を話し、アクセントも変わらないので東京に出てきても何も気にせず会話できるのですが、方言が無いかというとそうではない。
地元の友人と会話をすると、今まで気にならなかったモノが耳につくようになる。
ではザッと思い付くだけ挙げていくと、
1
「なまら」
例、
「お前、なまら馬鹿だな。」
など、強調するときは「な」の後に小さい「ん」が入ります。
意味は「すげぇ」
しかし、
「それ…なまらすげぇな。」
などと使うことも有り。
2
「だべ」「べ」「べや」「っしょ。」
例・
「そりゃねぇべや。」
「何でだべ?」
意味は「だろう?」
と同じ使われかたをしています。
文末に付く疑問、同意、断定、の助詞的扱いだべか?
まぁ、どうでもいいべ。
なんて言う使い方をします。
3
「したっけ」
例
「したっけ、○○すっか?」
意味は「そうしたら」
これは地域限定かもしれんな。小学校限定とか、それくらい狭い気がする。
ってうあああああああああああああああ!!!!!!!!
空港のゲートでライターを没収されたああああああああああ!!!
持ち込みは一つだけでって…。
それはマルボロの日本オリジナルナンバー27の特典ライター…。
まぁ、今は期間中だからコンビニでまた買えば良いか…。
ポイッ!!
収集品を捨てさせられるのは何かムカつくな。
さて、割りと飛行機のお世話になることが多いオウミヤですが、年に2〜3往復分も乗るので手慣れたモノです。
移動は基本的に体と金が有れば何処でもいけるのですよ。
今日も予約などせずにスカイメイトのカードを使いその場で発券。
一番早い便を選択。
そしてすぐに搭乗。
電車を降りて僅か20分。
凄いときは降りてから15分の便に駆け込む事も良くやります。
慣れてくるとベルトを終始着けないで飛行機に乗る事もやります。
以前、それで怖い目に会ったのでもうやりませんが。
って、あれあれ??
JALの内装が変わってる?
うん…変わってるわ。
座席のメーカー変えたのかな?
アッーーー!!!
さらに、離陸前の安全注意の映像も変わってるわ。
しかも此は面白い。
いや、内容は変わらないのだけど、カメラワークや画面の駒割りなんかの動きが多くなって、ゲームのデモ風になってるwwww
JAL…やるなww
まぁ、どんなに整備不良があろうとJALフリークなのでJALに乗り続けますよ。
っと、現在は離陸場所まで移動中なのですが、周りの視線が痛くなってきたので一時終了。
と、同時に離陸。
携帯の電源オフ。
そして、私も電源オフ。
離陸から5分で熟睡体勢です。
目が覚めると50分程が過ぎていた。
席の前に貼ってあった紙をスッチーに渡してサービスの中からコンソメスープを貰う。
毎度の事だが熱くて飲めない…。
冷めるのを待ちつつメモ帳にペンを走らせる事にする。
と、5〜6席ほど前にいた子供が吐いたらしい。
しかし、プロたるスッチーは急な出来事にも動じない。テキパキと対処していく。
まぁ、飛行機の爆音と揺れ、それに慣れない緊張が合わされば吐く子供もいるだろう。
山に登ったり海に潜る人は耳抜きが出来るのだが、慣れない内は機内の気圧変化で鼓膜が張り、痛いのだ。
これが長時間続くものだから辛かった思いがある。
今は会話しながらでも調節出来る様になったが…。
子供のころは辛かった。
耳の下にある筋を動かせば良いのだが、この感覚が分からん人には分からないらしい。
と、着陸体勢に入った。
直前にスープのお代わりを受け取ったのに、テーブルをしまわなければならん。
うむ。持ちずらい上に書きにくい。
心地良い(激しい)振動と翼やタイヤの開閉する轟音が響く。
素晴らしい。
この瞬間だけは飛行機というデカ物の放つ威圧間というモノを中から感じられる。
小さな窓の外には煤けた東京の空が見えた。反対の窓を見ると、腐った海が見えた。
一瞬、口の中がヘドロ臭くなった気がした。
着陸後に外へ出ると、まとわりつく様な空気が肺に滑り込んでくる。
臭いはそこまで気にならないのだが、淀で濁った循環していない氣とでも言うのか、
煙草の煙の様に肺で重圧を残し、少しの清涼感もない。
しかし、その不快感も心地良い。
眩暈がした。
人の放つ氣が淀んでいる。
狂喜した。
ガリガリと脳を削る雄叫びが聴こえ始める。
ところで、7度で此だけ着込む関東人が理解出来ない。
ダウンを着るほど風が吹かないだろうに…。
これなら薄いパーカーで十分ですよ??
と言うか、出てきたときは雪が吹雪いていたのに…。
多分、明日あたりに風邪を引くでしょう。
うむ。
我が家に帰宅。
じゃあお休み。
まだ15時だけどwww
東京に帰る。
帰省の翌日から免許取得までがジャスト2日。
本当に免許を取るためだけに帰省した様なものだが、用事が無ければ1週間ぐらいしか居ないのだから、やはり長居したのだろう。
過去の私とは違ってしまっていて、まだ独りで学ぶ事を見出してしまっている以上はここは籠の中にも等しい。
何より、多くの仕送りを受けて悠々と、それこそバイトもせずに生活しているので、「何が学ぶ事だ。」
であるが、それにしても実家と言うものは非常に窮屈で生殺しである。
両親の血と汗で育てられていることは感謝しているのだが、正直にこのまま親元に居ては自分が腐って行く。
「両親は、私の身の丈には大きすぎる。」のだ。
生活水準が高すぎる。
食事が良すぎる。
家が広すぎる。
今の私はそれではいけない。
両親とは全く違う、化学と言う道を生きる為には自分で何かを掴まなくてはならない。
それこそ自立を意識する年なので、「どうしたら親から受けたモノを自分の子に託す橋渡しが出来るのか?」にその思考が度々行く。
結局のところ自立とは何かと考えた際に、私の中では、
「親から受けたモノを子供にキチンと伝える。」
と言うことになるのだ。
まぁ、それは厳密な話ではない。
親の悪い点や間違いはあるだろうから、私なりの経験や哲学を踏まえて、将来に
「自分の子供がキチンと活きられる様にしてやること。」
である。
いつからこんな事を考えているかは分からないが、親へ感謝は語り尽せぬ程あるし、これからも間違いなく親の世話になるだろう。
親へ恩を返すつもりは初めから無かった。そんなことを望む親ではない。
ただ死ぬ前にキチンと、自分が社会に出て子供を育てられる事を見せ付けてやればいい。
そう思うからこそ、私は祖父や祖母にはキチンと顔を見せる。
「貴方に子供はこんな孫を育てる様になりましたよ。」
と、言う気持で会いに行く。
仕事で身動きの取れない親よりか、子供の方がなんぼも動きやすい。
兎に角、言葉ではなく生き様で語る様に成ることがこれからの目標なのだ。
行動が伴わない事ほど××い事はない。
私はそれと真逆にいるからこそ、そうならなくてはならないと思う。
道が険しいのは明白だ。
背中で語るのが良いとは思わないが、背中で語らなければ伝わらない事も有るのだ。
守られているならば眼を閉じてはいけない。
その背中をジッと見て、そこから何かを活かさなければ、私を守るために犠牲になってきた数々の可能性は報われないではないか!
小さな事でも良いのだ。
誰かに守られたならば、その分だけ誰かを、自分に出来る方法で守らなければ受けた恩は何処へ行ってしまうのか?
両親は、私に人並みには期待と心配をしている。
それは親ならば基本的に有るであろうモノだ。
私がどんなに死んだままで動いていても、親は必ずいつか活きる日が来ると何処かで期待している。
だから、私は活きる必要がある。
死んではいられないのだ。
過去から続く継承と言う名の連鎖の一部として、きっちりカッキリ役割を果たす事が産まれて来た生命体の使命である。
自分に出来ることを漏れ無く必死で考え、日々活きる事がその期待に答える行為であり、「恩返し。」になるはずだと私は信じている。
だからこそ、自分に胸を張れない様な無様な生き方は、もう二度と出来ないのだ。
活きる事、成る事。
背中で語る。
言葉で語る。
行動で語る。
伝える。
信念を亡くして活きる事、値わず。
帰省の翌日から免許取得までがジャスト2日。
本当に免許を取るためだけに帰省した様なものだが、用事が無ければ1週間ぐらいしか居ないのだから、やはり長居したのだろう。
過去の私とは違ってしまっていて、まだ独りで学ぶ事を見出してしまっている以上はここは籠の中にも等しい。
何より、多くの仕送りを受けて悠々と、それこそバイトもせずに生活しているので、「何が学ぶ事だ。」
であるが、それにしても実家と言うものは非常に窮屈で生殺しである。
両親の血と汗で育てられていることは感謝しているのだが、正直にこのまま親元に居ては自分が腐って行く。
「両親は、私の身の丈には大きすぎる。」のだ。
生活水準が高すぎる。
食事が良すぎる。
家が広すぎる。
今の私はそれではいけない。
両親とは全く違う、化学と言う道を生きる為には自分で何かを掴まなくてはならない。
それこそ自立を意識する年なので、「どうしたら親から受けたモノを自分の子に託す橋渡しが出来るのか?」にその思考が度々行く。
結局のところ自立とは何かと考えた際に、私の中では、
「親から受けたモノを子供にキチンと伝える。」
と言うことになるのだ。
まぁ、それは厳密な話ではない。
親の悪い点や間違いはあるだろうから、私なりの経験や哲学を踏まえて、将来に
「自分の子供がキチンと活きられる様にしてやること。」
である。
いつからこんな事を考えているかは分からないが、親へ感謝は語り尽せぬ程あるし、これからも間違いなく親の世話になるだろう。
親へ恩を返すつもりは初めから無かった。そんなことを望む親ではない。
ただ死ぬ前にキチンと、自分が社会に出て子供を育てられる事を見せ付けてやればいい。
そう思うからこそ、私は祖父や祖母にはキチンと顔を見せる。
「貴方に子供はこんな孫を育てる様になりましたよ。」
と、言う気持で会いに行く。
仕事で身動きの取れない親よりか、子供の方がなんぼも動きやすい。
兎に角、言葉ではなく生き様で語る様に成ることがこれからの目標なのだ。
行動が伴わない事ほど××い事はない。
私はそれと真逆にいるからこそ、そうならなくてはならないと思う。
道が険しいのは明白だ。
背中で語るのが良いとは思わないが、背中で語らなければ伝わらない事も有るのだ。
守られているならば眼を閉じてはいけない。
その背中をジッと見て、そこから何かを活かさなければ、私を守るために犠牲になってきた数々の可能性は報われないではないか!
小さな事でも良いのだ。
誰かに守られたならば、その分だけ誰かを、自分に出来る方法で守らなければ受けた恩は何処へ行ってしまうのか?
両親は、私に人並みには期待と心配をしている。
それは親ならば基本的に有るであろうモノだ。
私がどんなに死んだままで動いていても、親は必ずいつか活きる日が来ると何処かで期待している。
だから、私は活きる必要がある。
死んではいられないのだ。
過去から続く継承と言う名の連鎖の一部として、きっちりカッキリ役割を果たす事が産まれて来た生命体の使命である。
自分に出来ることを漏れ無く必死で考え、日々活きる事がその期待に答える行為であり、「恩返し。」になるはずだと私は信じている。
だからこそ、自分に胸を張れない様な無様な生き方は、もう二度と出来ないのだ。
活きる事、成る事。
背中で語る。
言葉で語る。
行動で語る。
伝える。
信念を亡くして活きる事、値わず。

