Author:オウミヤ
オタク地獄へようこそ!
何のオモテナシも出来ないが、ここでは裏も無いので安心してくつろいで行きたまえ。
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2週間ぶりに東京は羽田に降り立った感想は一つ。
「温い」 であった。 先日の大雪で乱れに乱れた空の便であったが、さすがに1日半もすれば空きが出るようになる。 その読みに逆らうことなく、東京への便を確保したのだった。 明日になれば、受験帰りの学生で再び席は埋まる。 そうなればまた、帰りの空席を奪い合うような待ちの列に参加しなくてはならなかった。 「大正解だな」 と、一人ほくそえむ。 さて、私は飛行機で東京に来る、または立つ際に是非お薦めしている事が二つある。 一つは、夜の便に乗ること。 もう一つは、東京が見渡せる窓側の席を確保することだ。 というのも、タイトル通りな話だが夜景を見るためである。 東京の夜景には一見の価値がある。 久し振りな東京上空の景色に、恥も忘れて見入ってしまっていた。 まるで静脈が張り巡らされているかのような道路の街灯。 高層ビルの屋上で明滅する赤いランプはさながら、獲物を求める無数の魔物が放つ眼光に感じられる。 空に浮かんだ黄色い大きな半月がそれを後押しして、いよいよもって魔窟の相を呈してくる。 不気味であるにも関わらず、尚且つ美しいと感じさせる迫力を持つこの夜景は、是非とも見る価値があると思うのだ。 と、少し気取っているのも無理はなく、何故ならば、 離陸からいつもの様に寝てしまい、ふと起きると肩に重みが。 横に座っていた女性(20代中盤、なかなか美人)が私の肩に頭を乗せて寝ていました。 なんと、むず痒い状況。 しかも、徐々にこちらに倒れてくる。 嬉し恥ずかしで石像の様に固まり、じっと女性が起きるまで耐えていました。 いや、若干嬉しいが勝っているか。 そして、その彼女が寝起きに見せた恥ずかしがる顔が堪らなく可愛いいものでした。 私の肩でよければ、どうぞご自由に使ってやってくださいな。 |
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中毒症状が出てきた。 何の中毒かと言うと、SNS中毒である。 やばいやばいとは思っていたが、案の定、発症していた。 2時間に一回はSNSサイトを確認し、一日5件も6件も日記を更新している。 日記を更新し、そのレスポンスが返ってくることが楽しくてしょうがないのだ。 そのためにネタを考え、ほぼ起きてから寝るまでの終始ネタを探している。 日記を更新するためならば、質の低く劣悪なモノを平気で晒し、しかもそれを数多く打ち出す。 最悪の中毒症状である。 何が許せないかといえば、その醜さであろう。 日に数件の閲覧者があるか無いかのブログとは違って、SNSにおいては結構な数の、見ず知らずの人が訪れて日記を読んでいく。 現状のブログは睡眠前や暇つぶし、何かの思いつきなどのメモ帳といった本当に日記的な役割な上、見ている人も少ないからよいのだが、SNSにおいてはちょっと毛色が変わってくる。 一日に何人もの見ず知らずが読んで行く日記にあるにも関わらず、劣悪醜悪と自覚しているモノを載せ続ける行為が醜いのだ。 どうでもいいじゃんwww と思うかもしれないが、プライドの問題である。 私がオウミヤであるために必要な意地なのだ。 いつの間にか、私の中では「オウミヤ」という名詞は状態名詞になっていた。 そのイメージするところは、日本刀などの刃物が振り下ろされている状態である。 つまり、振り下ろしが始まってから斬り通すまでの状態が「オウミヤ」なのだ。 そして、私は常にオウミヤであることを心がけている。 だが、なかなか上手くいかないものだ。 気が付くと怠惰で堕落した状態、オウミヤではない状態になっており、それに気がついた瞬間から私の内でオウミヤが暴れだすのだ。 「斬り続けろ」 と。 オウミヤであるためには、斬り終えてから振りかぶり、そしてまた振り下ろす。 それ以外の行動があってはならないのだ。 斬り終えてからその場で刀を下げたままで脱力するなど言語道断である。 「オウミヤ」という形の目指すところとは、振り下ろす動作のそれ自体が次なる斬撃への予備動作であること。 振り下ろした時点で斬り上げる準備が完了していることである。 私の肉体と意志は非常に脆く挫け易いが、それが出来なければ「オウミヤ」と名乗り呼ばれながらも一生「オウミヤ」に成れずに死ぬことになる。 なので、中毒とは「オウミヤ」という状態と似ても似つかない状態なのだ。 よって、この中毒状態を速効で抜け出す。 次の獲物を斬り倒すために、オウミヤは再びオウミヤに戻ることにする。 今一度、オウミヤ回路に炎を……。 |
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親父について。
昨日、意識を失ってぶっ倒れたらしい。 いや、心配することは無い。 ただ単に酒を飲みすぎただけの話らしい。 倒れるのも当然である。 何故なら、先週の葬儀一式で休日返上。 無理矢理に作った時間で葬儀に出席し、少しの時間さえ有れば休みなく働いているのだから。 もう50近く、メタボで無呼吸症候群にも関わらず、睡眠時間と休日が無いのだ。 典型的な仕事中毒。 普通の人間ならば自然とストッパーがかかる筈の場面で、それが効かないのだろう。 完全に命を削って働いているが、本人は楽しくてしょうがないらしい。 ちなみに、飲みすぎた原因は大きな仕事がまとまったからとか。 本人曰く、20年ぶりに酒で意識を失ったらしい。 体力もだが、酒も以前より一段と弱くなっている。 こいつは長生き出来ない人種だ。 親父のも、遠くなく覚悟しておいた方が良いかもしれない。 というか、休暇とかを自分で管理する立場にも関わらず、殆んど仕事を入れる。 暇さえあれば仕事をしている。 3時に起きて、ついでだから仕事を始めたりする。 仕事馬鹿である。 しかし、ここまで命を賭けて、楽しんで仕事をできるなら、それで死んでも良いとも思うのだ。 なんせ、私も男だから。 まぁ、聞きはしないだろうが、少し休みを入れることを進言してみよう……。 |
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産まれたときから、何か間違ってしまった感覚がしていた。
何とは言い表せない間違いを犯して此処に産まれた感覚が。 家族は普通と言うには若干抵抗があるが、それでもそれは「常識」の範囲内に収まる差異であった。 決して劣っているわけではなく、逆に優秀な人達である。 全員が全員、見事なくらい尊敬に値する人物である。 にも関わらず、それを良しとしながらも、私は今も違和感を拭えないでいる。 言峰というキャラクターを知ったとき、何かがストンと腑に落ちた。 自身、違和感の正体を明確にしたいと思いつつも、その蓋を開いてはならないとも感じている。 本当にズレがあるのか、気のせいではないのか、或いはどんなズレなのか、何故にズレているのか、何がふさわしいのか……。 知りたい、見極めたいと思いつつも、先に踏み込む事は社会からの別離を招く恐れがある。 怖い。 このまま腐り続けるのが怖い。 社会から抜け落ちるのも怖い。 だが、それでも先に進みたいとも思う。 だが、始めの一歩がどうしても踏み出せない。 人並みで良いのだ。 劣っているのも駄目だし、抜きでてる……ことは無いだろうが。 ともかく、現状に満足出来る筈もない。 生きてみたい。 一度で良いから生きてみたい。 今のままでは、夜中に這い出て歩き回るゾンビの様だ。 |
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日の出前の気温がマイナス7℃
アホか。 しかも、寝起き20分で車に詰め込まれる……。 ……マイナス7℃で凍った車に。 鬼寒い。 寒いってか、震えが止まらない。 歯がガチガチ鳴って、指が開かない。 手袋の中にまで寒さが染み込んでくる。 自然と体が縮み丸くなる。 半端ねぇ……。 東京で寒いとか言ってごめんなさい。 これは間違いなく「寒い!!」!!! 本当にヤバイって。 あがががががぁぁ。 |
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葬式に関して、母から2〜3指摘が。
基本的には様子を見つつそつなくこなせていたが、やはり場を読めない行動が2〜3あった。 その2〜3は即座に母から睨みが飛んできたり、察知して指示を出したりで助けられた。 問題なく行けていた場所でも、実は全く何も考えずに行動していたり、迷って不味い方の行動をしかけていたりで、指摘されて冷や汗が出た。 まだ葬式を「社会的な、儀礼的なモノ」として見ることは出来なさそうだ。 立ち位・振る舞いも見よう見真似で、しかしまだそれで良いだろう。 自分の立ち位置をわきまえることだけは出来るようにならないと。 さて、どうするか少し迷ったのだが、祖母の事について書こう。 葬式やその後もそこそこに指定がされていた様で、兎に角、皆に迷惑がかからない方法を考えてくれていた。 今思えば、3年前に祖父が呆けてグループホームに行ってから、死ぬための準備をしていた様に思える。 3年前から伯母と一緒に浅草や九州、京都や奈良を参拝し始め、 一昨年、東京、京都など孫が住んでる場所を巡り、陶芸教室で自分の骨壺を作るなど。 癌が発覚した段階で既に4期から5期への間で、本当は相当辛かったはずなのだが、我慢していた様だ。 親戚も高齢な方が多いため、家族葬。 どの墓に入るかが面倒だろうからと共同墓地に決めていたりと、あまりにも手際と言うか、準備が完璧だ。 ホスピスに入ってから死ぬまでの3週間、流石に呆けがきたが、それでもトイレだけは自分で行っていた。 呆けていても下の世話をさせることだけは嫌だったのだろう。 立派である。 立派過ぎる。 だから、書かないつもりだったのだが書いてしまった。 私は、その生き様を記憶するのみである。 出来れば、私の死ぬ際もここまで手際よく準備しておきたいと思う。 いや、立派な人である。 お金も前もって準備していたようだ。 本当に感服の至りだ。 ……もう既に蛇足がすぎるのでここで終わる。 |
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あー、終わった。
色々と終わった。 祖母の死去と葬式が。 感想としては「こんなモノかぁ」と言った感じ。 さすがに、遺体が骨になって出てきたときは言い表せぬ衝撃というか、人と物の境目を見た気がしたが。 ……ちなみに前回の日記を書いたすぐ10分後、丁度、準備を終えて玄関から出た時に臨終の報告を受けたのだった。 そこから慌ただしく葬式、通夜、火葬と終えて現在に至る。 あー、疲れたのかも良く分からない。 悲しみも何もなく、淡々とした葬儀だった。 予想された死というものはこんなものなのかもしれない。 家族葬と言うことで祖母の血縁関係や特に親しい者達のみで行われたため、祖母の若いときの話や人と生りについての語り合いが殆んどだった。 まぁ、何か終わった感が強い。 あぁ、……はぁ。 |
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まぁ、生活資金がマイナスになり、これからどうしようと言うところで……。
2月14日、0630、非常招集カカル。 祖母危篤。 応援求ム! とのことでした。 というわけで、札幌へ帰還します。 ・・・。・・・・・・。 ちなみに、ソロソロやばそうだったので飛行機代+数千円は生活費から除いておいたんですね。 でも、もし20日とかに召集がかかっていたら・・・・・・。 ガクガクブルブル。 お金無くて戻れなかったかも・・・・・・・・・。 |
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留年した。
でも……正直なところ、因果応報と言うか、自業自得である。 事実、分かってしまえば逆にスッキリした。 留年する可能性を抱えたままでウジウジしていても良知が無いのだ。 そう、逆に留年が確定したからこそソレが覆らないかと行動する目的も出てくるし、やるべき次のステップへ行ける面もあるわけだ。 兎に角、やるべき事をやるだけやってみるのが最良だろう。 教授に頼み込めば何とかなるかもしれないし、覆る余地はほんの少しは残っている。 座して待っても何も変わらないわけだ。 それとは別に、もう一年をどうやって有効に活用すべきかとの話になってくる。 やるべき事が見えた。 しかも、予想した中では良い部類の方向へ進んでくれそうである。 一年は短いようで長い。 長い様で短いとも言えるが、ダラダラと過ごす一年は短く実りの無いモノだが、有用に活かせば長く実りの多い物と変える事ができる。 兎に角、その日その時、やるべき事をやれるだけやるだけだ。 既に現実逃避も妄想も十二分にしてきたので、こういう追い詰められた時こそ楽しんで窮地を満喫したら良いのだ。 さーて、忙しくなるぞー。 本当に、必要なことは山ほどある。 今後の予定も立てることが出来るわけだ。 それこそ、やるべき事というか、完全に趣味の世界、楽しんでやれる。 やりたいことを徹底的に。 易、陰陽の世界では「極まれば転ず」という思想がある。 今回もまた、陰中の陽であり、それを陽と出来るか否かは自身の行動に因るのだ。 まぁ、簡単に言うと、「墜ちきったら後は登るだけ」ということなのだ。 テストの結果に腐心し、そこから留年の危機に脅えていたのでは、真に陰へ堕ちきる事が出来ない。 陰が極まるすぐ手前で堕ちきる事を止める意味はないから、いっそ自分からさっさと落として、陽へ転じる道を作る、昇る道に切り換える方が良い。 また、これは持論だが、この陰陽の流転も環境により変わるモノだ。 仮に陰に落ちきったとして、ひとつ下、或いは更にいくつも下の環に系を切り換える事で陽へと変ずる事も可能なのだが、それは自身が常に落ちて行く事に他ならない。 つまり、下を見続けることである。 それは私の望むところではないし、折角、陰へと落ちきり底辺になったのだから、そこから登り上がって一つ上の系を目指すくらいで丁度良い。 必要なものは、いつでも、何処でも変わらない。 冷静に観察することと、 決断し、覚悟すること。 いつも、土壇場で冷静さを忘れ、恐怖して覚悟出来ずにいる。 今回も、そうだろうか? まぁ、コツコツやっていきますか。 |
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人間、意外と抑圧されている方が幸せなのかもしれない。
というのも、逃避によって楽しみを見出すのも何かの重圧がなければ始まらないことだし、そもそも趣味というのは際限なくできるものではない。 際限なくできると言うことは、それはすでに趣味から何か別の道に派生していしまっている様に感じる。 本業たる何かが明確に有り、それによって可否が決まるからこそ趣味は趣味として成り立つのではないか? これは、私にとって本当の趣味が無いからこういった発想が出てくるのかもしれないが、私の周囲にいる趣味人達はまったく気にした風もなく、趣味を趣味、楽しみを楽しみとして享受している様に思える。 まぁ、それが普通で幸せなことなのかもしれないが。 もしかしたら、彼らには彼らなりの重圧があるのかもしれない。 それを解消すべく趣味に没頭していると考えるなら、彼らの背負った心的重圧、物理的重圧の何とも重苦しいモノか。 とてもではないが、私が彼らに掛けられる言葉は無い気がする。 まぁ、他人の問題を解消できるほど経験も見解も多くないので、別段口出しはできないのだが。 とりあえず、趣味の話である。 楽しい事があっても、あまりやり過ぎると飽きてしまうのが人間である。 しかし、本当にどれだけやっても飽きない事と言うのは人に寄るが、あるらしい。 例えば、写真。 カメラで何かを撮り、それを美しいと思う。 例えば、自転車。 自分で組み立て、走る。 例えば、スポーツ。 例えば、温泉めぐり。 しかし、こういった趣味を考えると、長続きする趣味と言うのは限られている様に思えてくるのだ。 ゲームや映画、アミューズメントと呼ばれる趣味を日常にしている者は、大概の場合は既に半分近く飽きている様に思える。 その楽しみ方のほとんどが他人とのコミニュケーションなどの共通話題によって楽しんでいる様に思える。 確かに、それは一つの楽しみ方ではあるのだが、あまりにも周囲の環境に影響を受け過ぎている様に思えてならない。 たった一人、たとえ誰がそれに共感しなくても、自分はそれを楽しいと心の底から純粋に思え、そしてそれをやり続けられる。 それこそが趣味。 私の目指す趣味なわけです。 そういう意味で言うなら、このブログも趣味の一つかもしれません。 たとえ、誰が見ていなくても、こういう形式で簡単に文章を書き混んで日記に出来る。 まぁ、ぶっちゃけ、誰も見ていないと思うからこそこんなに好き勝手にいろいろと書けるってのもあるんでしょうがねwww 文章を書くのは、そういう意味で私にとっての純粋な趣味なのかもしれません。 上手い下手というのは二の次で、自分が楽しむ事が第一の目的である面こそが趣味の趣味たる証。 というか、趣味を他人に侵害されるという事ほど癪なものはないでしょう。 仮に趣味を共有していたとしても、その共有していることがメインではいけないわけです。 それは、その趣味が楽しいのではなく、友人知人とのコミニュケーションが楽しいわけです。 そこを履違えている人が多いように思います。 それでも良い人は良いのでしょう。 ですが、周りの環境に極力左右されることなく趣味を趣味として守りたいとも思うわけです。 で、最初に書いた抑圧重圧云々ですが、楽しい事に逃げると言うのはよく聞く話で、楽しいことしか無い人間はいないでしょう。 逃避エネルギーと呼んでいますが、テスト前、締切前、会社の決算前、などなど、なにか本業が立て込んでいる時に無性に湧き出る趣味へのエネルギー。 あれが逃避エネルギーではないかと。 倫理だかの用語では「ストレスの昇華」と呼ぶらしいですが、そういうものに任せた趣味と言うのは長続きしないものです。 長続きしなければ、次々と別の趣味に移る。 なにか、切なさを感じてしまうのはなぜでしょうか? それが当然のことなんでしょうかね? つい先日までテスト期間だったので、この逃避エネルギーを切実に感じていたわけですが、やはり筆のノリというか、気がついたら携帯やパソコンで日記を書いている。 休憩の合間に書いている。 寝る前に書き始めて朝が来る。 などなど、明らかに逃避エネルギーが働いていると感じる場面が多々ありました。 ふと、思うわけです。 趣味とは、それでいいのか? と。 本業から目をそらし、趣味が楽しいからといって、本業がおろそかになる。 それで良いのかと。 簡単な話、逃避エネルギーが常に一定で存在し(適度に抑圧され)、本業の方も適度にこなし、趣味も巧く逃避として機能させてやる。 それが出来るなら何も言うことはありませんよ。 まぁ、それができないわけで、こういった愚痴めいた日記になっているわけですが。 難しいなぁ。 あかん、何が言いたいか分からなくなってきた。 まぁ、現在夜中の3時。 眠さというより空腹感。 眠さと言うより寒さ。 うむ。きっつい。 やばいなぁ。 本当に何が言いたいのかまとまらなくなってきたので、簡潔に。 趣味への逃避が本業にさし障っていると、それは哀しいよね。 そういう人を見て気がついちゃうのも哀しいよね。 でも、それを言えないのはもっと悲しいなぁと。 そんな感じです。 自身、わかっちゃいるけどやめられないってのがあるだけに、猶更ですよ。 本当に楽しいこと。 哀しさも悲しさも、辛さも苦しさも、全部幸せだと思ってしまえばそれまでですが、それを本当に幸せだと思うのは難しいですよね。 何かをやろうとすると、何かを見失っている。 苦しさや哀しさの中で趣味を汚したくない。 それでも、楽しくもないのに楽しい振りをして自分を誤魔化し、現実を誤魔化す。 あー、辛い辛い。 気が付いてしまう事が一番つらい。 そして、それをどうにも出来ない事がより哀しい。 純粋に楽しむなら、馬鹿で良い。 下手に利巧になれないのなら、それこそ馬鹿の方がよっぽどマシ。 うーむ。 うん。 頭でっかちの癖に、体が付いてこない。 やろうとしても、でっかい頭がふらついて上手く歩けない、前に進めない。 頭を前に、加速してしまえばすぐに勢いは付くけど、所詮は不安定なモノ。 長続きしない。 頭から転倒し、転げ、失速。 そして、起き上がり再び走り出すまでにはバランスの悪さが災いする。 重心は常に胎にあるべきで、頭でも手でも足でもない。 重心は中央、体のど真ん中に据えておくべきなのでしょうね。 足が先行しても、頭が先行してもだめ。 その中間でバランスが取れていないと、どのみちどこかで転ぶ。 私の中心は、いったいどこにあるんでしょうかね。 そして、その中心で動くことができるようになるんでしょうか? 出来るようにするしかありませんね。 それが出来なければ、私はこのままずっと変わらないでこのままでしょうから。 うむ。がんばろう。 体先行でもなく、頭先行でもなく、自分のバランスを取って。 頭が先行したら体を前に出し、体が前に出すぎたら頭を前に出し、足を振り、手を振り、頭を働かせ。 気張っていこう!! 目指すところはバランスを取ること。 胸を張って活きますよ! |
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もう、いろいろと疲れちゃった。
どうしようかなぁ。 何もやる気がわかないわ。 放心状態と言ってもいいかもしれない。 あーーーーー。 疲れた。 というか、なんだろうね。 祭りの後の疲労感? まあぁ、何もする気が起きないわ。 どうしたものかなぁ。 このまま家に引きこもって、何もすることなく、腐って死んでしまいたい。 人間なんて、簡単に生きて簡単に死ぬものなのかもねぇ。 死んだことが無いからわからないけどさ。 とりあえず、テスト期間でぐちゃぐちゃになっている部屋を掃除して、買い物行って自炊態勢を整えて、それからそれから、やることはいろいろある。 まー、基本的な事からしっかり立て直していきますか。 今回も、燃え尽きれず燻ってしまったけど、だからこそ、立て直しをしっかりしなくては。 死んでから一度生まれ変わるように。 寝よう・・・・・。 |
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完全に……風邪をひきました。
朦朧とする。 寒い。 だと言うのに、アホな子が鬱憤晴らしに電話してくるのが頂けない。 将官戦で味方に酷いのを引いて憤慨してる様子。 あー、電話するのも辛い。 味方が地雷なのは自分の腕を考えれば分かることだろうに。 あー、心臓が痛い。 面倒癖ぇなぁ。 寒いし。 動けないし、気力も湧かない。 あー、メイドさんに看病されたい。 ってか、昔に食い捨てた娘にヤンデレされたい。 今なら、一刺しで死ねる耐久しかないじぇーー。 包丁で刺されたいよーー。 風邪でうなされて汗だくになりながら起きると、枕元には包丁を振り上げた女の子が。 そんなシチュエーションを体験したいわーー。 あー、乾燥する。 エロゲーやりてぇーーー。 エロスよりテロル。 ラヴよりヴァイオレンス。 飢えるなぁ。 腹が減る。 なんだかんだ言いつつも、テストと言う祭りも今日でオシマイ。 祭りの後の解放感と、多大なる喪失感。 あー、つまんねぇ。 抑圧されるならもっと、どうしようもなく狂う様な異常に晒されたい。 私みたいな一般人が何を出来るというわけでも無いけど、せめて散るなら華々しく。 何をやっても感動しないわ。 飽和するーーーー。 いや、希釈されて薄くなっていってるのか。 まぁ、どうでも良いや。 口で頭で思っていても、体が追いてこないんじゃ、意味がない。 誰にも迷惑をかけずに異常で壊れた世界に旅立ちたい。 迷惑かけずに〜〜って辺りが一般人だけどな。 それに、異常なんて何処にも無い。 普通の中で異常やれる人間だけが異常なんだ。 異常の中で異常なのは一般人。 異常の中で普通になるのも一般人。 普通の中で異常を造り出せるヤツが一級なんだ。 だから、俺もまだまだ普通。 目指すは異常。 人に理解されず、それでも存在だけで周囲の空気を自分の色に持っていく……。 強盗やテロルの様に、日常を非日常に変えられる者にこそ価値がある。 突き進むべき道も信念も、何も無い。 誇りも名誉も無い。 飛び抜けた異常。 それを見たい。 感じたい。 鬱積していく日々に殺され、常識迷信流行に踊らされ、既存の概念に黙殺され、寂しさに孤独に揺さぶられ、それでも動じないと言うのは、それはそれで窮屈ではあるが、今よりは断然に飽和出来るだろう。 あーー。 それらしい単語並べてみたが、やっぱりノリ切れねいや。 糞詰まらん。 自殺したいわけじゃないが、こんな人生さっさと終わってしまえ。 次だ次。 一辺死んで、次で仕切り直し!!! 次行ってみよーーー!!! |
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一酸化二水素(DihyrodogenMonooxide:DHMO)の規制を!
DHMOは無色、無臭、無味であるが、毎年無数の人々を死に至らしめている。殆どの 死亡例は偶然DHMOを吸い込んだことによるが、危険はそれだけではない。DHMOの 固体型に長期間さらされると身体組織の激しい損傷を来たす。DHMOを吸入すると 多量の発汗、多尿、腹部膨満感、嘔気、嘔吐、電解質異常が出現する可能性がある。 DHMO依存症者にとって、禁断症状はすなわち死を意味する。 DHMOは水酸の一種で、酸性雨の主要成分である。地球温暖化の原因となる「温室 効果」にも関係している。また重度の熱傷の原因ともなり、地表の侵蝕の原因でもある。 多くの金属を腐食させ、自動車の電気系統の異常やブレーキ機能低下を来す。また 切除された末期癌組織には必ずこの物質が含まれている。 汚染は生態系に及んでいる。多量のDHMOが米国内の多くの河川、湖沼、貯水池で 発見されている。汚染は全地球的で、南極の氷の中にも発見されており、中西部と カリフォルニアだけでも数百万ドルに上る被害をもたらしている。 この危険にも関わらず、DHMOは溶解や冷却の目的で企業利用されており、原子力 施設や化学物資製造、消火剤、動物実験に使われている。農薬散布にも使われ、 汚染は洗浄後も残る。また、ある種の「ジャンクフード」にも大量に含まれている。 企業は使用済みのDHMOを大量に河川、海洋に投棄しており、それはまだ違法ともさ れていない。自然生物への影響は限りないが、我々は今のところ何も出来ないでいる。 アメリカ政府はこの物質の製造、頒布に関する規制を「経済的理由から」拒んでいる。 海軍などの軍機関はDHMOにかんする研究を巨額の費用を投じて実施している。 目的は軍事行動時にDHMOを効果的に利用するためである。多くの軍事施設には、 地下に近代的な施設が造られ、後の使用に備えて大量のDHMOが備蓄されている。 |
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戦えばいい。
闘えばいい。 何度敗れてもそれを負けとせず、何度倒れても再び立ち上がれば良い。 十回負けたら、百回挑めば良い。 百回敗れたなら千回立ち上がれば良い。 千で駄目なら万、勝ち取るまで何度でも。 闘い続け、負け続けて何度も立ち上がり、更に更に挑み続ける。 それが出来ないならば闘う資格など初めから無い。 と言うわけで、オウミヤです。 腹を減らせて帰宅したところ、冷蔵庫には豆腐と塩わかめしかありませんでした。 冷凍庫には切った葱しかありませんでした。 ……。 わびしい。 しょうがないので、それに醤油をかけて食う。 米はとっくの昔に尽きておりまする。 あー、でも、何か腹に入れたらそれで満足してしまう。 いいや、寝よう。 疲れたよママン。 畜生!! なんだって言うんだ!! なんでご飯が無いんだ!!! 自炊してる場合じゃないぞ!! |
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雪が降ってるのでテンション騰がりまくり、楽しくてしょうがない北国育ちです。 雪道がぐちゃぐちゃ過ぎる。 しかしそこで全力ダッシュ!! 500m程走ってみたテスト。 東京でしっかり降るなんて珍しい。 テンション上がりまくり。 明日、道路が全面凍結したら楽しいのに。 そしてそこでも当然、全力ダッシュ!! みんな転べ!! 電車止まれ!! そこを私がさっそうと駆け抜ける!! 雪道がサイコーー!!! マジで寝雪になれば良いのに。 積雪50センチくらい行こうぜ!!! 爪先で雪道の凹凸を捉える感じが何とも言えない気持いい。 転ばない為にはどうするか? 滑るより先に、前に足を出せばいいんだよ!! 絶対に転ばないから!! |
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テスト勉強も適度に、一日6時間以上。
戦場の絆に裂く時間も、一日3時間以上になってきてる現状。 非常によくない気がしてる。 なぜなら、財布のダメージがでかすぎる。 SNSはもうやらないとか思いつつ、戦場の絆SNSをきっちりやってたりするから、もうどうしようもないね。 一日、飯代と絆代で2k以上。 酷いと5kくらい飛んでる。 しかも、割と意識しないでつかっちゃってる辺りに問題がある。 なんとかしないと、以前にパチンコにハマってた時と同じ経済状況。 しかも、これは却ってくることは100%無い。 常に出ていくばっかり。 親からの仕送りなのに、エロゲーを買って金を使うのも、絆で使うのも、パチンコに呑ませるのも全部一緒。 使いすぎ。 自分で稼いでないのに、これじゃあ申し訳がない。 真面目に何とかしないと。 はぁ、でも、絆に乗るのもテスト勉強のストレスなんでしょうね。 常にギアが入ったままですから。 飛んでると言えばそうですが、どう考えても遊んでる時間の方が長いです。 だめじゃん。 そう、だめなんだよ。 これじゃだめなのーーーーーーーーーーー!! まず、絆を減らす。 減らしつつも、強くなる。 で、勉強ももっとやる。 がっちりやる。 キチンと集中してやる。 仕事する。 キチンと今の自分のやるべき仕事をする。 ゲームも現実も、自分の仕事をきちんとこなさないことには、何も得られない。 中途半端で得られるモノは、やはり中途半端でしかない。 やるなら徹底して。 自己満足じゃなくて、自分から見ても他人から見ても徹底的に。 やってやるさ。 気力と根性。 現実の、勉強やテストや研究だって、真剣に向き合ってやらないと……、 だよね。 うん。がんばるよ。 |
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