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朝、目が覚めると森の中で寝ていた。

「は?」

まごうことなき森。

緑の葉っぱが生い茂る木々の中。

幼女の生首を抱いてグースカ寝ていたようだ。

「え??」

生首。

しかも、幼女の。

しっかり抱きしめている。

昨晩、同僚数人と飲みにゆき、ガバガバと煽って気持ち良くなったところまでは覚えている。

「・・・・・・」

何があった??

と言うか、激しく気持ち悪い。

何より頭が痛い。

いや、頭どころか全身がバキバキに強張り、手足を動かそうとすると悲鳴をあげている。

立ち上がろうとして生首を抱いたままであることに気がつき、思わず放り出す。

「うん~ーん」

生首が可愛いうなりごえを上げる。

いや、良く見れば体が付いている。

体の付いた幼女の生首だ。

それが声を上げた。

いやいやいや!

混乱した頭で必死に冷静になろうと状況を整理する。

体が付いているのだから、生首ではない。ただの幼女の死体だ。

死体なのか?

脈は・・・・・・。

無い。

死体だ。

幼女強姦殺人の大見出しに、自分の白黒写真が載った新聞の一面が脳裏をよぎる。

このままでは社会的に抹殺されてしまう・・・・・・。

携帯で時刻を確認すると、朝の5時。

GPSでは、会社まで1時間半といったところ。

こういうこと(二日酔いで知らない場所にいること)はたまに有るので、ロッカーには代わりのスーツが入れてある。

「よし、間に合う」

何も問題は無い。

思い立つや即実行。
ザクザクと穴を堀始める。

そこからは映画を見ている様な、宙に浮いた様な感覚だった。







穴を堀り、幼女を丁寧に埋めた後、土を払って近くの駅から会社へ。

トイレで別のスーツに着替え、一旦会社を出ると近くのネカフェへ行きシャワーを浴びる。

警備の人やネカフェの店員に注意されるも「また飲み過ぎちゃいまして」の一言で苦笑される。

けして多くも無いが、少なくもなかったのが幸いする。

そして、丁度良い時間帯になるまでネットでニュースを見つつ暇を潰し、再度何食わぬ顔で出社。

警備の爺さんに「今度、差し入れ持ってくよ」と耳打ちするのも忘れない。



「良し・・・・・・大丈夫だ」

十何度目かのそれを、自己暗示の様に呟く。

内心では、既にバレるときゃバレると腹をくくりつつある。

さすがに、現代の科学捜査を嘗めているわけではない。

見つかるときは見つかるのだろう。

「良し・・・・・・大丈夫だ、大丈夫」

二十数度目のそれを呟きつつ、家へ帰ると・・・・・・。










「お帰りなさい。遅かったわね?」

埋めた筈の幼女が、









俺の取って置きのウィスキーを抱えて居間に寝転がっていた。
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満私奉公

ただ、その在り方は、誰かの為に。

私は既に満たされた。

もう十分に満たされたんだ。




だから、残りは誰かのために。

夢も希望も未来もいらない。

私だけのためなら、いつ死んだって、どうでも良い。
誰かのために、生きる。

苦しんでいるから助ける。

求めているから力を貸す。

ただそれだけの、単純なこと。




満たされているものに何を注いでも溢れて波打つだけ。

そんなものいらない。

もっと失えば良い。

十分に満たされ、溢れている。






だから私は誰かのために。

求めているなら与えよう。
餓えているなら共に在ろう。


その思いが在れば、私は何処ででも何だってやれる。

失うことを望み、満たされていることを自覚する。

その在り方、私という心、オウミヤたる精神を失いさえしなければ、私はそれだけで十二分に満たされ続けられる。









本当に失いたくないのは、私という在り方。

ただそれだけ。
集団行動をしているとイライラしてくるのは病気だろうか

明確な役割が無ければ自身の存在を疑ってしまうのは病気だろうか

ただ、自身を解放して爆発してしまいたいと思うのは病気だろうか

生きているということは、己で己を照らすということ。

自身の輝きで自身を照らせなければ、影が侵食して病みとなる。



輝け。

もっと輝け。

まだ足りない。

全ての病みを、全てを照らせ。

輝きに。

もっと輝きに。
辛くたって、苦しくたって、

それを良しとさえしなければ、自分の在りたい姿が見えていれば、

自然と、行動に移す時が来る。

決断を力に変える時が来る。

その時は、全力で昇れ。




力一杯、余計な事や煩わしい事など気にせず、地を蹴り空を駆けろ。

人の生は、その一瞬の煌めきの積み重ねで磨かれ、光放つ軌跡となる。





駆け昇れ!
暴風の如き思念の渦が、時折、私を襲う。

喜怒哀楽が混ざる。

脳に神経が通い、感覚の膨張と縮小を繰り返す。

脳を流れる血液が轟轟と音を立て、心臓がマグマ溜まりとなる。






しかしどうだろう?

それらのエネルギーが、ある瞬間から、全身の筋肉、血管、神経、細胞の隅々まで流れ始めたと思うと、途端に思考の渦は清流となる。

その熱さと密度を感じさせたまま、整然と乱れ無く、僅かな音も立てずに、その流れだけを伝える。






心の真空

「凪」
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